1番だけは知っているで武井壮が中道貴之(陸上・ラグビー選手)を紹介!

1月28日放送の「1番だけは知っている」で武井壮さんが陸上ど素人にもかかわらず、デビュー戦で日本記録を出してしまった人物を紹介するとのこと。

 

この人物調べてみると中道貴之さんの可能性が高いですね!今回はこの中道貴之さんに関して調べたので、ここで根掘り葉掘り語っていきたいと思います!

 

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中道貴之のプロフィールと経歴!武井壮も絶賛!

中道貴之さんは1969年4月17日生まれの現在年齢は49歳。三重県出身です。

出典:https://www.jiji.com/

 

実はこの方陸上の日本記録を出したと言っても、実は2年まではラグビー部だった様子。

 

なゆ
ちなみに中学時代はバスケ部だったって話だよ~

 

そんな彼ですが、3年時には三重県高等学校陸上競技春季大会に陸上選手として出場。なんとデビュー戦にもかかわらず当時の日本記録100m 10秒2をたたき出します。

 

しかも当時試合前の練習は調整程度。前日にスターティングブロック(クラウチングスタート)になれるために数本ダッシュを行っただけだったなんて話も。

 

なゆ
あの武井壮さんが100m(十種競技)を10秒54で走るってことから考えてもとんでもない記録であることが分かりますよね!あの百獣の王武井壮さんを超えている、、

 

ミヤ
元々ラグビーのポジションでウィングの人って足が速い傾向があります。中道貴之さんもラグビー時代はウィングだったとのことなので、もともと足が速いのを見越しての出儒になったんだろうね!

 

しかも中道貴之さんが記録を出したのはその一回きりではありません!次月に開催されたの日本陸上競技選手権大会では3位、その後たった数回目のレースで当時日本記録タイだった100mで10秒1をたたき出します。

なゆ
しかも当時ラグビーもしっかり続けていたようです。兼業で日本記録なんて半端ないですよね~

 

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ミヤ
でもこの話には実は裏があって、当時高校の公式の大会では二つ兼業するのが禁止されていたみたいです。もともと中道貴之さんはラグビー選手としても優秀だったのにもかかわらず陸上であまりにも大きな結果を出したので陸上で試合に出場し、ラグビーで試合に出れないこともあったそうです。

 

その後中道貴之さんは日本大学⇒ミズノと進み陸上を続けますが、あまり良い結果は残せていないようです。

 

一説によると、彼の速さはもともと他のスポーツをしていたからこその「粗削りなフォーム」。大学に進学後陸上選手として活躍するために大きくランニングフォームを変更した様子。

 

この変更が彼の速さを奪ったのでは?という話もあります。二刀流にせよランニングフォームにせよ、「型」は大事ですが、時には才能を奪ってしまうこともあるというのも頭に置いておかなければならないかもしれませんね。

 

一応彼の陸上の成績をまとめておきます!

・1987年、5月:三重県高等学校陸上競技春季大会で初めて100m 10秒2

・1987年、6月:日本陸上競技選手権大会100m3位

・1987年、7月:三重県陸上競技選手権大会100mで10秒1

・1987年、8月:世界陸上競技選手権大会の出場辞退(ラグビーの高いへの出場が理由)

 

 

中道貴之の現在が1番だけは知っているで判明?

そんな中道貴之さん現在は27歳で陸上界を引退し三重県紀南高等学校の教員に。もちろん指導者として学生たちに陸上部を教えているようです。

 

さらには地元の中学生クラブのコーチもされているんだとか。

 

まとめ

武井壮さんが1番だけは知っているで紹介した中道貴之さんに関して経歴や現在を小話を交えて紹介してきました。

 

スポーツ界いろんな天才がいますが、大きな記録を出すのと同時に、大変なのは生き残るということなのかもしれませんね、、

 

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